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日本でも木の柱や畳が息をしている部屋に入るとその空間が呼吸に馴染むように、石や土でできた壁や塀の立ち並ぶ町を歩いているとからだがやわらかになる。
思いおもいに塗られた窓枠、ひとつひとつ形の違うドア、歪みつつ均衡を保っている屋根瓦。
日本は植物が豊富だと言われるけれど、まだフランスの植生が珍しくて仕方がない。
あちこちにわさわさ揺れ落ちる紫の花とか、8階建てくらいの高さにしゅっと伸びた杉みたいな樹とか、いつまでも5月の芽吹きたてみたいな色をした葉がきらきら茂っているのとか、大きな種をつけた芥子、忙しく蜂が飛び交うさまざまな色の花。

何年も前だけれど2回目にヨーロッパに行った時、住むところも寄る人もいなくて、ただ自分がどうしてもそこで踊りたい場所からのオーディションの報せだけを頼りにオランダに行って、しかも到着の日付を間違えてホテルを予約してなかったり迷子になったりしたものだから、不安な気持ちばかりを抱えてで町を歩いた時に、ゴッホの絵にある空とか大地の色のことがやっと分かった。
日本でゴッホの絵を見た時には、鮮やかな色使いがただ絵の中のものに見えていたんだけれど、実際にそこに広がる色と光を混ぜたら、たしかにああいう風にしてキャンバスに落としたいよなあ、と思って。

あの有名なオーヴェルの教会を見て、裏手に出ると、麦畑は地平線の向こうまで続いているみたいに見えてくらくらした。ポピーとか黄色い花が時々混ざっていて果てしもなく深くて、まだわたしは自分がこの場所にほんとうにいる、ということが馴染んでいない感じがする。
ゴッホとテオのお墓は仲良く並んでいて、大きなハイビスカスがそれをつないで、マルハナバチが忙しく出入りしていた。

男女の機会均等について識者の間でもしばしば注目されているのは「間接差別」の取り扱いである。間接差別とは、たとえば採用に際して「男性のみ」とするような直接差別ではなくても、実質的に女性が不利になるような要件を採用・昇進の条件とするような措置のことをいう。しばしば念頭に置かれているのは転勤である。つまり「合理的な理由なく転勤の可能性の承諾を総合職採用の条件とするな」ということである。

識者の間でたびたび問題とされてきたのは、転勤要件における「合理的理由」である。合理的な理由があれば、転勤を採用の条件とできるのだが、合理的ではないケースとは、具体的には以下のようなものだ。すなわち、「広域にわたり展開する支店、支社等がなく、かつ、支店、支社等を広域にわたり展開する計画等もない場合」ならびに「広域にわたり展開する支店、支社等はあるが、長期間にわたり、家庭の事情その他の特別な事情により本人が転勤を希望した場合を除き、転居を伴う転勤の実態がほとんどない場合」(厚生労働省告示)である。

つまりは、転勤の実態があれば転勤を採用の要件としてよい(それを拒む者を不採用にしてよい)、となる。日本の大手企業の多くは全国(海外)展開しており、また転勤の実績もあるだろう。実質的に多くの女性を総合職から排除してきたコース別採用制度がこれまで「間接差別」とされずに残ってきたのは、こういった中途半端な適用があったからだ。

厚生労働省の調査(「コース別雇用管理制度の実施・指導状況」)によれば、調査対象企業の2011年度における総合職採用者に占める女性の割合は11.6%であった。同年採用の応募者に対する内定者の男女別割合では、男性が5.8%であるのにたいして、女性は1.6%であった。さらに2000年に総合職女性を採用した企業の約半数において、10年後の2010年には、その時採用した総合職女性がすでにゼロになっていたのである。

2014年の改正法施行は、間接差別の適用範囲を広げるということがポイントであり、コース別雇用管理制度や総合職採用における転勤要件について、抜本的に改めるような内容にはなっていない。

artnet:

Art Galleries: Summer Edition
Just in time for those long summer days, we’re delighted to introduce the newest members of our Gallery Network. Browse at your leisure. 
1. Anders Wahlstedt Fine Art - New York, NY
2. De Re Gallery - Los Angeles, CA
3. Edward Kurstak, Seminole, FL
4. Fine Art Mia - Miami, FL, New York, NY; London, UK
5. Galerie Dennis Rackey - Bad Honnef
6. Gary Snyder Fine Art - New York, NY
7. Gitana Rosa Gallery - New York, NY
8. Jamie Brooks Fine Art - Costa Mesa, CA
9. Opiom Gallery - Opio
10. Pop Fine Art - Los Angeles, CA
Pictured: Cyrus Mahboubian, Alpines, courtesy of De Re Gallery 

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8. Jamie Brooks Fine Art - Costa Mesa, CA

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10. Pop Fine Art - Los Angeles, CA

Pictured: Cyrus Mahboubian, Alpines, courtesy of De Re Gallery 

 F・ブローデルの提唱した「長い16世紀」(1450〜1640年)には、ルネサンス、宗教改革、大航海、17世紀科学革命など、数々の歴史的大事件が起こっている。しかし、近代の幕開けに際して、これらの関連づけが評者にはいま一つ不明だったが、本書を読んでそれらの関連性が明確に理解できた。
 キリスト教とアリストテレス自然学で強固に武装された中世の観念を打破するには、近代科学の誕生が不可欠だった。「ルネサンスのパラドックスのひとつは、それが科学的な運動ではなかった」ことだと本書はいう。「究極的には時代遅れになるところの古代の理論の再発見であった」。またルターの主張は「人文主義に通ずるところがあった」ものの、「まぎれもなく中世思想の継承者だった」。すなわち、ルネサンスと宗教改革は近代の立役者ではない。
 そうした認識のもとに著者は「15世紀中期から30年戦争にいたるまでの、北方人文主義と宗教改革を背景として中部ヨーロッパを舞台に展開された(略)総じて世界認識全般、の復活と転換」を語る。人文主義はイタリアからドイツに輸入されて宗教改革への道を準備する。宗教改革はメランヒトンらの大学改革を引き起こし、後に独天文学隆盛の礎を築くこととなる。
 15世紀ポーランド生まれのコペルニクスが「科学革命の最初の主導人物」となったのは「太陽中心説VS.地球中心説」の対立を導いたからではない。不動だと信じられていた地球を惑星の仲間入りさせ、「高貴なる天体と同一に扱ったことにより、天上から地上へと連なる貴賤(きせん)のヒエラルキーを破壊した」ためである。その結果、彼はキリスト教世界の「階層的秩序を解体」させ、「世界の均質化」をもたらし、「近代の真のはじまり」の栄誉に浴した。
 16世紀に独ルター派の貧しい家庭に生まれたケプラーは教育改革のおかげでティコ・ブラーエの膨大な天文観測データの利用機会に恵まれ、「天文学の物理学化」に成功し、「近代力学の思想の原型を生みだした」。
 資本主義の生成と限界を考えるうえでも本書は「広大無辺」のアイデアを与えてくれる。

 そんなだから、彼女は愛にはあまり気づかなかった。小さい愛、弱い愛、部分的な愛は「なんだか不審な親切」として処理された。男の子たちの好意はたいていの場合、愚かしい妄想、自分を見くびったゲーム、装飾された暇つぶしといった解釈を与えられて退けられた。私はときどき彼女からそのような話を聞いた。少しかなしかった。巨大な穴に小さいものを落としても効果なんか見えないけれど、だからといって何も入れなければ穴はいつまでも穴のままだ。

 そのような日々を経て、ある日突然、彼女の巨大な空洞にふさわしい巨大な恋が彼女を訪れた。たがいの心臓を取りだして差し出すようなやつだ。このような愛が人を救うのかしらと私は思って彼女とその恋の相手を見ていた。しかしそれは破綻した。三年が経っていた。考えてみればあたりまえだよなあと私は思った。彼の心臓は彼の心臓、彼女の心臓は彼女の心臓だ。取り出して差し出したって相手のからだに埋めて使えるわけじゃない。だいいち彼女のそれには穴があいていて、交換したって穴は穴のままぽっかりとそこに空いているのだ。私は彼女が荒れ狂い、以前よりさらに強くこの世を呪うと予測した。

 けれども私にとっては不可解なことに、恋の破綻のあと彼女はとても健康になった。部屋に遊びにいくとあきらかに掃除のしかたがいいかげんになっており、削いだようだったからだに少しばかり贅肉をつけ、まあいいじゃんとかどうにかなるよとか、そういうせりふを言うようになった。何があなたをそのようにしたのと私は尋ねた。恋ですか、それともその消失?両方かなあと彼女は言って気の抜けた笑いを笑った。わたし大人になったんだあ。若かったころにはしなかった子どもっぽい口調で彼女はそう言った。

 そのようにして彼女は割り箸的な愛をも受け取ることのできる人物になった。彼女の安定と彼女の健康を私は祝福する。割り箸をくれる彼女の同僚たちにも感謝する。けれども私は、あの脆弱で獰猛で世界を激しく憎んでいたころの彼女を、少しなつかしく思う。あの子はきれいだったと思う。箸三膳分の愛なんか歯牙にもかけなかった、みじめな女の子のことを。

よく知られているように、敗戦直後の吉田内閣は「自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も放棄した」と憲法9条を字義どおりに解釈していました。ところが朝鮮戦争によって米国から再軍備を求められ、帝国陸海軍の残存部隊を再編して警察予備隊と海上警備隊を発足させます(これが現在の自衛隊です)。

この重大な国家の岐路に世論は沸騰しましたが、日本政府は憲法を改正するのではなく、9条を維持したまま解釈改憲で強引に乗り切りました。「国家の自衛権は自然権なのだから、文面として明示されるまでもなく、9条が(個別)自衛権を前提にしているのは当然だ」というのです。これを「第一の解釈改憲」と呼びましょう。

(4)の絶対平和主義は、第一の解釈改憲も(今回の)第二の解釈改憲も認めないのですから、それなりに筋は通っています。ところが(3)の現実的な平和主義では、第一の解釈改憲は容認し、第二の解釈改憲には反対することになってしまいます。ふつうに考えれば、憲法解釈が根底から変えられたのは自衛隊創設の方ですから、こちらを認めるのなら自衛権が「個別」か「集団的」かは些末なことでしょう。

このように反対派の実体は烏合の衆で、その根拠を突き詰めるとたちまち破綻・分裂してしまいます。

surfing-in-harmony:

highenoughtoseethesea:

Teahupo’o, in full bloom.
Photo: Ben Thouard

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